投稿日:2006-04-20 Thu
大層なサブタイトルをつけてみたが、大したことは書いていない。「美味いに理由あり、不味いに理由なし」
それがゴトーがかつて遭遇して、未だにわからない謎のひとつである。だって、普通はその逆でしょ?
「どうしてこんなに美味しいの?クチの中でとろけるわぁ」
だいたいTVの旅行番組やバラエティで料理が出てくる際には、一回は耳にする言葉である。
試しに「すごい」「美味しい」「とろける」と言う言葉をNGワードにして、語彙の少ない食べっ子タレント達にコメントさせてみたい。もちろん、NGワードを口にしたり、「えー、あー」と口ごもったり、食べてばかりだとギャラが減るのだ。マイナスは、当然支払いに回る。そりゃもう一生懸命仕事をすると思うけどなぁ(ふふふ…と暗い笑顔で)だって、美味しい素材で美味しいものを作って、不味いわけが無い。
美味しい素材には、「旬」であるとか「特別な飼育法」とか、「名産地のもの」とか、「理由」がある。それがどうして美味しいかは不思議だが、たぶん先祖伝来の智恵なのだろう。でも、だいたいにおいて不味いものにも、「理由」はある。
粗悪な素材で、間違った料理法で、最悪のタイミングならば、おおむね不味いものが出来上がる。粗悪なものから美味しいものを作るのが、普通の人類の智恵である。あの福神漬けだって、元は雑多なクズ野菜の種類の多さを逆手にとって、七福神に見立ててネーミングして、美味しい漬物にしたと聞き及んでいる。
コレが、「マグロにジャム」とか「アズキにカレー」なんていう想像するだに恐ろしいモノだと、基本的に料理じゃなくて「罰ゲーム」でしょう?あるいは、渋谷辺りを歩いている爪の長いキラキラ系の娘っ子に筑前煮やアジのフライを作らせるのも、「ゲテモノを作る」という前提に作られるので、「ある種の罰ゲーム」である。コレで美味しいものが出来るのは奇跡のようなものだ。
そうじゃなくて、ちゃんとした店屋で不味いものが出てくる事もある。おおむねタイミングの悪さが原因だと思う。揚げ過ぎで、しかも時間がたってしまっているテンプラとか、異様に生温い月見ウドンなんかは、「ど〜して、こんなものを客に出すかなぁ、あ〜たは…」と、怒りを通り越してやるせなくなってしまうゴトーであった。この辺が底辺かというと、そうでもない。
店の立地や雰囲気の悪さもプラスされる場合もある。
それらの要素を省いてなお不味いモノを前にすると、人は「考える人」になってしまうようだ。好き嫌いのほとんど無いゴトーが、思わずフリーズした事が三度ばかりある。何一つ、不味い要素が思いつかないのに、むちゃくちゃ不味いモノを食べた時だ。
その一つが、昔食べた幕の内弁当だ。状況としては、駅で購入して家族で新幹線で食べると言う、いたってノーマルな状態である。間違っても近くから異臭がすると言うことも無い。賞味期限も確認した。
「まずい…」ありきたりの白米に、おかずもありきたりの赤いウインナーや昆布の佃煮とか、珍しいものが一つも無い弁当だ。それなのに、不味い!三角に切られた玉子焼きが生臭いレバー風味とかで全てを台無しにしているとかなら、まだ納得が出来るのだが。
「ごめんなさい、もうたべられません…」
小食王のキャパでもなく、体調不良でもないのにギブアップをした、数少ない例である。大人になって、戦争時期にはヒドイご飯を食べたと言う父に、「あの時のご飯は、不味いと思った?」ときいてみたら、「食えなくはないが、不味かったなぁ」とのこと。やはり折り紙付きの不味さだったと、最近確認した。「何で、あんなに不味かったのかなぁ」しみじみと腕を組んでうなだれたものである。
今は仕事とはいえホテルで美味しいものを食べる度に、友人の名言を思い出す。
「同じ太るなら、美味しいものを食べて太りたい」
小食王のくせに決してやせないゴトーには、実に身に沁みる言葉であった。
追伸:箱根の鉱泉せんべいの缶をついに開けて、中を食した。
なかなか好評だったが、もう少し落ち着いて食べような。粉だらけになってどうする、キミ達…。
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