投稿日:2007-10-11 Thu
「色んなものがある街角」東京は、戦後間もまもなくからの店なら「古い」といわれるが、京都の場合「室町時代くらい」のことを指すらしい。あんまり燃えなかったからなんだろうけれど、木造建物の悲しさ、建て替えがあるので江戸時代くらいの建物や看板なんだろうけれど、うっとりするほど古くて味がある。
道は六波羅蜜寺から、「六道の辻」方面へ。平安京がスタートした時は、もっと西に御所があったから、この辺は都の外れで墓地があった。(実はコレはかなりキレイな表現を選んでいる…)御所が焼ける度に東にジリジリと移動してくるにつれ、東のほうも住宅&商業地になったわけだ。でも、その頃の歴史が残っているから地名や伝説が残っているんだね。
そんな事を考えながら歩いている、補強に補強を重ねたスンゴイ看板を見つけた。字が薄れているので近づいてみて、「うひょーっ!」と驚いた。「もやしや」だよーーーーーっ!
講談社のアフタヌーン掲載「もやしもん」の主人公の実家が「もやしや」なのだが、こんな町中でナチュラルにスポーンとあるあたり、さすが京都だ!!!素晴らしすぎる(笑)おお、「もやし」といってもマメを日陰で栽培したヤツではなくて、麹(こうじ)の事だから。
今、ゴトーの大好きなマンガの1本なので、看板だけでひとしきり盛り上がる。知らない人が見たら、ものすごく怪しい…。冬場だと個人向けには甘酒を売っているらしいが、夏場はあっという間に「醸(かも)され」ちゃうから売らないようだ。ひとしきり騒いだ後は、「六道珍皇寺」方面へ。この辺は、特に「あの世」に近いらしい。「六道珍皇寺」には、小野篁(おののたかむら)という人が「夜の勤務先」から帰る時の出口の井戸がある。篁さんは、昼は宮中、夜は閻魔庁と、二足の草鞋を履いている男だった。…しまった、「二足の草鞋」というのも死語だったか?
何でそれがわかったかというと、ある人が死んで閻魔様の所に行ったら、「この人は私を助けてくれた人なので、もうちょっと生かしてあげてください」と篁さんが、閻魔様に掛け合ってくれたので生き返ったから。篁さんも波乱万丈な人生だから、そういう伝説が生まれたのかも。
ところで、このお寺、閻魔像(伝・篁さん作)もそのほかの建物も何故か覗き穴があって、そこから中を見るのだ。何故なんだろう?本堂には、何故か布団が一面敷かれて、合宿所のようだったのも謎である。
商店街のような所を歩くと、昭和のまま止まっているようなお店とか、ステキ看板のある店とか、古いステキ建物(ゴトーがときめくような味のある建物の事)そこを改造して夜は飲み屋さんらしい店とか、歩いているだけでとても楽しい。
子育て飴の店もある。「幽霊が飴を買いに来る話」は、けっこうあちこちにあるし、レパートリーもあるので「オラが町の話じゃー」と思う人もいるかもしれない。
方向的には清水の方に歩いていると、金魚モチーフの雑貨屋さんがあって、面白くて店内をじっくりと眺めているうちに、タイムオーバーになった。地図を見て最短距離を選んで、大急ぎでたったか戻る。△ PAGE UP

