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ワンコ後藤

Author:ワンコ後藤
ワンコ後藤と申します。
町の変なモノを愛し、たいがい徒歩で移動します。
共立の社員であり、ホテルとその近隣を紹介します。

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近くを歩く(ドーミイン秋葉原) その13
「変わらなさ加減が、ハンパじゃないです」
 「じゃ、またねー」と言ってホテルから退散した。近いからいつでもこれるからねぇ。その逆もあるけど。
 ドンドコ変わる秋葉原の街の中にも、いつからやっているのかわからないくらい変わらない店もある。町内会費を集めに会社に来たときは驚いた。カドッコにあるネリモノ屋さんはたまにテレビに出ている。御徒町寄りのイモリの黒焼き屋さんとか、アキバ寄りの革靴屋さんなんて、すごく前からあるはず。なんだか謎の物が売られているので、子供心に「あのへんの店は、おもしろいなー」と覚えていたからだ。他にも剥製屋さんとかあまり見られない店もあったのだが、無くなってしまった。新しい店が出来るのは嬉しいが、古いお店にも頑張って欲しいものだ。
 そのまま蔵前通りを妻恋(つまこい)坂に向かって上がっていく。妻恋坂の名前は、右手の方に妻恋神社があるから。鬼平犯科帳にも鬼平の協力者の絵師が裏手に住んでいる設定であるから、名前が通っていたのだろうが、今行くと可愛らしいお社だよ。坂の左手には、神田明神の裏階段があるので、そこを登って境内の裏側にでよう。
 神田明神は、言わずと知れた江戸総鎮守で、日枝神社と二つの氏子こそが江戸っ子の証だったそうだ。だから区画整理や管理人不足で行き先を失った色んなところの神社さんが、裏手の方にはひっそりと身を寄せ合っている。ヒマな人は案内書きや奉納者の石柱とかを丹念に見てみるといいだろう。その際には、江戸地図もあると、「こんなところから引越しかー」と神様家業の苦悩も垣間見られるぞ。
 そんな神田明神(正式には、神田神社)も引越しをしてここに居るのだから、余所の神様達にも寛大なのかも知れない。この辺の事を語ると長いぞ、ゴトーは。元の場所は、大手町の「将門の首塚」のあったところだ。江戸城整備のためにこちらにお社のみ引越し。ほら、首塚は動かすと大変だから…。でも神田明神を更に全国区に押し上げたのは、銭形平次だと思う。神田明神下、台所町にお住まいの銭形の親分はそのほかの捕り物名人にない広がりを見せているので、銭形平次がどんな人か知らなくてもルパン三世の銭形警部はズバリ子孫の設定だし、名探偵コナンの友達も「平次」と付くからには影響下にあるんだろうね。いろんな人がTVでもやっているし。何もかも撮ろうとすると大変当然境内には石碑があるし、石の台座や周りの柵の頭も「寛永通宝」なので来たら是非チェックだ。「寛永通宝」わからない〜?平次の投げているお金だよ、ほらほら。今日も決めてのっ銭が〜♪
わからない人は罰ゲームとして顔を出して写真を撮っておくように。

いい天気じゃろう? 神田明神は、割と最近(といっても、もう何年か計画で)キレイに整備をしている。平次の看板も、昔はもっとボロかった。その昔はどうだか覚えていないのだか、ピカピカになってからゴトーの目を釘付けにしているニクイ奴が屋根の上にいるのだ。オシドリ?「ナンヤネン、キミ〜!」マルマルとした愛らしいフォルム!「神田明神なのにねぇ」とは、友人の弁。何故この丸いのだか分からないし、何物かも分からないが、毎日見ては喜んでいる。そう、それくらい本社と神田明神は近いのだ。雨の日以外は写真を撮る人が絶えない正面から見るとこんな感じの社で、緋毛氈みたいなのが引いてあるし、神社の人たちもオメカシ系なので何かあったのかもしれない。何かあったのかなあ?ある日、結婚式があったのを見たことがあるが、外国旅行者の皆様がすごく嬉しそうに写真を撮っていた。確かに、滅多に見られない「正式な民族衣装を着た集団」が歩いているんだもんねぇ。
 さて、ここの神様の三柱(神様は3人とは言わない)は、誰でしょう?
【ああ、やっぱり話が長くなっている…】


旅日記 | 16:36:36 | Trackback(0) | Comments(0)