投稿日:2006-08-21 Mon
「修善寺温泉郷を出るにあたり」 そんなこんなで、11時を過ぎてしまった。本当に番頭さんとさよならをするが、番頭さんは「小ワンコちゃん、いいなぁ」としきりに名残惜しそうだった。*後日、小ワンコ3人組の真ん中、通称「オカアサン」を拉致して、女将塾で研修させている。(番頭ブログ参照) 入るときはトラックが止まっていて美しくなかったので撮らなかったから、帰り際にパチリ。
車を誘導するスタッフが、なんだか時代村のセットみたいだ。これからもがんばってお客様を魅惑の「古きよき時代」にいざなってくだされ〜。(手を振る)
さて、ここから独鈷の湯方面に行くのだが、ちょっと歩くとまず右手に日枝神社が見える。「カバ殿」が自刃した信功院跡が階段途中にあるのだが、
その跡地には庚申院→庚申塚と、どんどん小さくなって残っている。ちなみに庚申塚は基本的に供養をするとかとは関係ない、道教の流れの御まじないと言うか潔斎というか…。
京極堂に説明できないものが、どうしてゴトーに説明できようかっ!いーや、無理だ!!無理はやめよう…。ただ、日枝神社っていったら、天台系だよね〜。(笑)マ「そこで笑うの、気持ち悪い」
笑えないお客さんのためにもう少し言うと、弘法さんは真言宗で、天台宗の伝教さんとはあまり仲良しではなかったそうだよ。現場にいたわけじゃないから、どれほどのものかは知らないけどねぇ。
マ「現場にいたら大変だよ、平安時代だから」
まあなんであれ、ここはゴトーは結構好きな場所。大きな木が多いからね。この杉なんて真ん中を通れるように階段が付けられているんだよ〜。後何百年かしたら、その隣りともくっついちゃいそうだけど、そうしたらなんて呼ばれるんだろう?
神社のすぐ近くに修禅寺(しゅうぜんじ)がある。開祖は弘法さんと言われていて、当時は「桂谷寺」と地名で呼ばれていたそうだね。それに関してはゴトーより詳しい人もいるだろうし、夢やロマンの関係もあるのでなかなか難しいのだが、今、はっきりいえるのは「昔はもっと大きかった」、そして「焼けちゃったんだね」と言う事。もっとも、奈良の東大寺だって法隆寺だって焼けているんだから、再興されているだけ立派なことなんだ。再建したのが、北条早雲!戦国武将の超メジャーだと思うが、その辺りで「古いことにはこだわらない」というキャラが出てしまったのだろう。そこで曹洞宗に宗旨が変わっているので、弘法さん的には「再建してくれてサンキュー!でもね〜」といったところじゃなかろうか。マ「それって、解説になってないと思う。ま、歴史は難しいからねぇ」
うん、ゴトー的には超メジャーだと思う早雲ですら、話とかしたら長くなっちゃうしねぇ。知らないかねぇ、早雲…。
この時の週末には「頼家祭り」が行われるので、境内では竹で仕切りとかされていたり、竹を立てていたりして準備中であった。見て行けないのは少々残念だが、致し方ないのである。さて、これからどうしようかな。あんまり時間がないので、遠くまではいけない。とりあえず、漱石先生がらみとして「虹の郷」に移築された先生の部屋でも見に行くか。見に行ったことないから。それに、そっち方面に「花と文学の散歩道」と言う、大変優雅な名前の遊歩道があるようなので、そこを抜けていく事にしてみた。
この日は確かにいい天気で、歩くと汗が噴出してた。すると「ピンポンパンポ〜ン」という町内放送(?)が!「ただいま〜、気温の上昇と湿度の上昇から〜食中毒注意報が発令されました〜」ゴトーの住んでいる辺りなら、こんな天気なら普通「光化学スモッグ注意報」なのだが、緑に囲まれているのでそれはないのだろう。
しかし、そのまま、生モノの注意とかを延々と注意されるとは思いも寄らない事だったよ。それにつけても、ずーっと上り坂なんですが?普通の道路っぽいんですが?このまま歩いていてゴトーは散歩道に出られるのかどうか、そちらの方を教えて欲しい…。
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