投稿日:2006-06-15 Thu
「小ネタを拾いながら」時代小説を読むと、舞台が江戸ならたいてい出てくる保養地が「箱根」か「熱海」。東海道で途中の道筋もよく整備されていて来やすかったのだろうか。特に冬場は雪が降る「箱根」より、温暖な「熱海」が好まれたようだ。
ところで、江戸時代は日本人に「散歩」という風習がなかったって知ってる?勝海舟が、アメリカに行ってそれでビックリしているんだけど、その割にはTVの時代劇ではやれ花見だ、お買い物だと外をぶらぶらしているのは、基本的にどこかに「参拝」に行くというのが建前で、お寺の周りに花街があったのはそれなりに需要があったからなんだってね。女の人は、ある程度の身分なら一人歩きはしないし、ちょっと遠くのお寺まで泊りがけでお参りにいくと言うのが、一般人の最高の贅沢なんだけど、またそれを逆手に取っているわけだね。明治になって、「文化人なら、温浴効果に加えて適度な運動で新鮮な空気を吸って、健康増進に勤めるべきだ」と言う事になった。でも、急にそんなことを言われてもねぇ、ということで楽しく歩けるように梅を植えて川に橋を渡して…「熱海梅園」が作られたわけだ。ちなみに、「金色夜叉」のお宮達も歩いて梅を見ている。「来年の、今月今夜のこの月を…」と貫一が言った日が1月17日なのも梅の季節に合わせているんだよ。更にいうと、お宮が金持ちに見初められたのが正月のカルタ取りだから、お宮が貫一から乗り換えるのもずいぶん早かったねぇ。
貫一・お宮像の近くには色々タイルやら何やらで、昔の風俗の説明がしてあるので、そういうことを知っていると面白いんだけど、なにぶん興味と関心がなければいちいち見ないかなぁ。
そういえば、皆さんのところは消火栓って何色?
ゴトーは、ビルについているのは銀色で、道端のは全国的に赤いもんだと思っていたら、熱海は黄色なんだよ!大通りでよく見られる「お茶目物件」だと思ったら、凄く狭い路地のものまで黄色い。ずいぶん前に塗られたらしいのも見たが、気が付いたのはたった今…。う〜む、路上観察者のゴトーともあろうモンが…という悔しさ半分、新しい発見で嬉しさ半分かな。
ブラブラと歩いていると柵とかにデザインされているのも梅の木だし、梅の季節じゃなくても梅があちこちにあるのに気が付く。その最大数は、多分マンホール。「梅に温泉マーク」とは、いかにもだが、控えめすぎやないかい?
かすんで見える初島を横目に見ながら、晴れてて、早くついたらあそこに言っても良かったんだけどねぇとか、言ってみる。見えないだろうねぇ、この写真じゃ。海岸線沿いに歩いて親水公園スカイデッキなるところで、親子連れがなにやら海を覗き込んで「あれあれあれ!」とか言っているので、ナンだろうと思ったら魚だ。4センチくらいあるのが結構泳いでいるが、なんていうのだかわからない。
マ「釣って写真を撮って、みんなに名前を聞いたらどうだろう?」 考えは悪くないが、魚釣りをするなという看板があるし、ゴトー、釣りしたことないから無理だな。でも、曇っている割には結構見えるから、水は意外ときれいなんだね。
これは、糸川にかかっている橋。見難いけど、手前の橋、次の橋、また次の橋とデザインが違っている。それほど離れていなにのだが、こまめにデザインチェンジをしているのだ。熱海の人は手すりとかに凝る傾向があるのだろうか?そうそう、梅の季節にはこの川沿いとかは「アタミ桜」という濃いピンクの早咲きの桜が咲いてキレイだよ。この先、目的地の関係で海から離れて、ちょっと緩めの坂を歩くのだが、ついに雨が落ちてきてしまった。幸いあまり強くなくて、たまに「あれ?やんだかな」と思うような雨だが、うっとうしい…。
マ「ねえ、『ふったりやんだり』と『ふんだりけったり』って、ちょっと似ているよね。…あ、怒っている?…ねえ、ウグイスとか鳴いてるし、木の匂いがするんだけど、どこに歩いているの?」 マメは移動用犬袋に入っているので解説すると、「錦ヶ浦」に向かって歩いているのだ。地図でも「名勝」のマークが付いているが、どの辺がどういいのか、はっきり良くわからないので実際に行ってみることにしたのだ。基本的にその辺は、Aホテルの敷地みたいな所なのでいちいち観光しに行ったことがない。海に出っ張った土地の反対側なので、チョイ山寄りの道で、トンネルを抜けていくのだ。いわゆる「旧道」のほうの道の入り口に「ロングボディーの車は入れない」と書いてあるが、それは道が狭いから?…と思っていた。
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