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ワンコ後藤

Author:ワンコ後藤
ワンコ後藤と申します。
町の変なモノを愛し、たいがい徒歩で移動します。
共立の社員であり、ホテルとその近隣を紹介します。

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伊東再来記(ウェルネスの森伊東)その3伊東さんちの事情
お昼を食べた店の角を左折して、木のこんもり茂った所を目指す。仏現寺という、日蓮さんが流刑にあったときに住んでいた庵が発展したお堂で、その辺には入れないけれどお寺の裏手の墓地サイドの階段を上ると、その説明文と跡地に建てた建物がちょっと見える。この記の右奥に日蓮さんの庵跡がまだ咲いているかな?その100段くらいある階段を上っていると、途中に白い冬桜が咲いていた。やはり伊東は暖かいのかなぁ。ちなみにウェルネスの森伊東に行く途中の桜はピンクでした。(写真右)そっちは4〜5本咲いていたかなぁ。ちなみに松川沿いの所。
これもお墓の一種なんだろうな仏現寺では、珍しい供養碑を見た。下関で「ふく供養」と言うのを見た気がするし、納得もいくが、「ウナギ」と「ウズラ」ですよ?ウナギはまだなんとなくわかるが、伊東はかつてウズラの名産地かなんかだったのだろうか?だとしてもちょっと珍しいかも。
さて、宗教的なことはあんまり語らないのを信条にしているので、仏現寺に関しても外側のつるっと触るだけですが、伊東市内のお寺の中では規模が一番大きいのではないかと思うのですよ。間違っても「ヤッホー!」と叫ばぬように「天狗の詫び状」とかも持っているし、なにより見晴らしサイコーなので市内で行くなら「イチオシのスポット」と人にも案内している所なのよ。かのように市内一望で、何故か「ヤッホー!」と叫びたくなってしまう。いえ、おじさんたちが日向ぼっこしていましたから、叫びませんですが…。ちなみに、階段を上がるのが嫌な人は、車で来れるけど駐車場があるわけじゃないからお寺に連絡してからのほうがいいかも。正面に立つと三角の部分に自分が見えるのだ歩く人は駐車場が関係ないからねぇ(笑)そのまま小学校前の道を歩いて、ガラス張りの変わった建物の前を突っ切って、ちょっとした空き地に行こう。この目立つガラス張りの前衛的な建物は、伊東市役所だ。小記でも書いたが、伊東の人達の感性はちょっと不思議。祐親(すけちか)さんと親しみを込めて呼んでみましたそこが次のスポットで、お約束どおり片足を挙げた馬に(ホテル上宝編その5を参考)乗った伊東祐親さんがいるのである。そしてこのゲートボール場のある広場が、全国の伊東さんの先祖の本拠地だったお屋敷であるそうだ。見晴らしの良い高台で、「やるな、伊東さん!」と思いましたよ。中もステキだから、ご用の際にはどうぞそういえばなにやら建っているなと思うでしょ?これがトイレなんだよ。伊東市はトイレ美化にすごく力を入れているらしくて、城ケ崎とかにも凝った名前のトイレを設置している。
めんどくさいでしょ?見るのも書くのもおっと、たぶん世間の多くの人は、「伊東祐親ってダレ?」と思っていると思う。ゴトーもそうだった。ところが、江戸時代の人にとってはすごくポピュラーな「曾我物語」と言う話の登場人物で、伊東の発展にも力を入れた人だったらしい。しかし、この「曾我物語」は「曾我の仇討ち」という日本三大仇討ちの一つで、一族のくせに苗字が違うし、現代訳の本が見つからなくて、良くわからなくって困った。図にするとこうなる。見難いし、わかりにくくて申し訳ない。時代的には、NHKの「義経」の少し前くらい。頼朝兄さんは、政子さんとくっつく前に祐親さんの娘と子供まで作っているのである。でも、北条さんほど野心家じゃなかったから、祐親さん大激怒で、その子供は殺されてしまうのだ。この前よりキレイになっていたでも、祐親さんはセガレは暗殺されちゃうし、土地争いで便宜を図ってもらった平家に忠実な人だったようだが、その平家も滅んじゃうし、晩年は気の毒だが人徳があったらしくお墓はこんなに立派だ。ただし住宅に囲まれて、なんか変だが、坂の下に菩提寺の東林寺があるのだ。たぶん昔はこの辺もお寺の敷地だったんだと思う。この頃はどうもお寺の近くの高い所にお墓を作るのが流行だった気がしてならない。セガレも高い所にお墓があるからだ。祐親さんの暗殺されたセガレが、河津三郎と言う人で、相撲の「かわづがけ」と言う技の考案者と言う事になっているが、そんな事を真面目に言うと「ガセビアの泉」に沈められてしまうらしい。でも、相撲が強かったのは確からしい。さて、その三郎さんのお墓だが、6月に一度チャレンジしたが、小記にも書いたが虫がすごくて断念したのだ。東林寺境内にあるそれは、道みち三十三観音巡りが出来る優れもの(?)なので、虫のいない今がチャンスだ!ここはまだいいほうだ。カーブがキツイ運動不足だ!ゴトーは東林寺に行くと、まっすぐに三郎さんの墓を目指した。ところが、これがなかなかしんどい事が判明。道が狭い。しかし、観音を見たらすでに25番まで来ていたので、もったいないから最後まで行きましたけどね。パパの半分くらい?「ありゃまあ」三郎さんのお墓は、拍子抜けするほど小さかった。その脇に仇討ちをしたセガレ達の首塚だそうだが、この二人はパパ以上に有名人なので、ここだけがお墓じゃない。もうその辺の事を話したらすんごく長くなる上に、ゴトー以上に詳しい人にツッコミが入るかもしれない。いえ、ツッコミを入れてください!五色の石を蒔くのが流行っているのか??「勉強させてくださいー!(←心の叫び)とまあ、このへんにはそういった伊東さんちの絡みの史跡がいっぱいあるんで、石塔ファンの人とかは一度いらしてください。

旅日記 | 18:22:31 | Trackback(0) | Comments(0)